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深刻ニッポンじゃなかった、「神国ニッポン!」(「今日の同音異義語」を兼ねて)/日本は神が居るとしないとやって行けない国・サルトル哲学の焼直しを私がする/実践 私の実存主義講座 第270回 [ことばと社会]


日本の国は、神が居ないとやって行けない国。







神は居ると思っている者には居るし、居ないと思って居る者には居ない。







もっと正確に言うと、神は存在ない。







だから、人をして神の存在を信じ込ませて、その者に何かを為(せ)強(し)めると、強要罪になるのでは!?







神が居ると思っている者には、神が実際に居なくとも、居ると信じることによって、あたかも神が居るのと何ら変わらない影響が齎(もたら)される筈である。







このことは、全く神の存在の問題を問題にしてはいない。






これでいいのである。





人間社会って、そう言うものである。




参考


『(省略)。実存主義とは、一貫した無神論的立場からあらゆる結果を引き出すための努力にほかならない。この立場は本源的な絶望から出発している。実存主義は神が存在しないことを力のかぎり証明しようとするという意味で無神論ではなく、むしろ、たとえ神が存在してもなんの変わりもないと明言する。それがれわれの観点なのである。神が存在すると信じているのではなく、神の存在の問題が問題なのではないと考えるのである。人間は自分自身を再発見し、たとえ神の存在の有効な証明であろうとも、何ものも人間を人間自身から救うことはできないと納得しればならないこの意味で実存主義は楽観論であり行動の教義である。』(下線は類人猿のさるとるくんが施した)

(「実存主義とは何か」-実存主義はヒューマニズムである-伊吹武彦訳 サルトル全集第十三巻 〔昭和30年7月30日初版発行 昭和44年6月20日改訂重版発行 株式会社人文書院〕 73~74ページより抜粋) 

 

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