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新元号発布にあたって/ 節度と実存主義の関わりについて/実践 私の実存主義講座 第257回 [ことばと社会]

実存主義ではこの世、この宇宙に存在するものを「即自存在」と「対自存在」の二つに分類します。


素粒子、細菌類、植物、動物は「即自存在」に入ります。

そして人間が「対自存在」に入ります。


今のところ「対自存在」は人間だけのようです。

何故かと言うと人間と同じような「知的宇宙人」がまだ見つかってないからです。


人間の社会を含めてこの世界、この宇宙の事象は複雑そうに見えますが、実のところ煎じ詰めれば、「即自存在」と「対自存在」の二つの世界しかなく、この二つの世界の関わり合い、攻めぎ合いがあるだけなのです。


「即自存在」とは「AはAである」が通用する世界に存在するものです。

「対自存在」とは「AはAであったとしか言えない」が通用するする世界に存在するものです。


「AはAである」とはどう言うことか?「AはAであったとしか言えない」とはどういうことか?

それは「AはAである」ということは、’A’が未来永劫に続くということです。

それは「AはAであったとしか言えない」とは、過去は過去として区切り、将来(未来)は真っ白で何も決まってない、将来は主体的に造って行くものということです。


「AはAである」が通用する世界にあるのは人間を除いて、動物、植物、細菌類、素粒子などです。

「AはAであったとしか言えない」が通用する世界にあるのは、人間だけです。


開音節言語は「即自存在」用の言語であり、閉音節言語は「対自存在」用の言語です。

開音節言語は、例外を除いて音韻が母音(V)か、子音と母音がくっ付いたCVの二つしかありません。

しかも、「あ-い-う-え-お」「か-き-く-け-こ」「さ-・・」の50の音韻は例外を除いて母音で終わるそれぞれ同じ一つの拍(ハク)なのです。

強弱もなく長さも同じで抑揚もない、全く同じのたった一つの拍から成り立っているのです。

これがまさに、日*語が「AはAである」が通用する「即自存在」の世界に現象している言語である証左なのです。

メトロノームに例えて言うと、メトロノームの針がたった一回「カチッ」と動くこの「カチッ」が、過去もそうだったし未来永劫に繰り返すと言う、基本的に細菌がただひたすら増殖する世界と変わらない世界であるのです。(困るなぁ、日*語の世界がウィルスの世界と変わらないなんてぇと言う声が聞こえて来そうです-( ´艸`))

であるから日*語の世界と言うのは、原稿用紙のマス目の様に、Aというものが永遠に広がり、とどまることのない世界観の言語なのです。

ですから世界制覇としてコーリアンペニンスラ•チャイナ•サウスイーストエイジア•オーストラリア•サウスバシピック諸島と侵攻して行ったのありまする。

そこへ立ちはだかったのが、最も地球の引力を振り切った閉音節言語の旗頭の米国英語でした。

日本は塩を巻かれたナメクジのように萎縮して行ったのでありまする。

そして最後には、原子爆弾と言う大きな大きなお灸を二つも据えられて無条件幸福したのでありまする。だから、いまの日本のコウフクあるのです。

これを「即自存在」用の言語と言わずして、何と言うのでしょうか?


日*語は、声帯を震わして話し手の魂を籠こめることが出来る「母音」が拡散のみして、それを抑制する役目の「子音」がない言語であることが分かります。

このことは、先史時代の人がいくら排泄行為をしても、大自然の自浄作用でいささかも環境汚染を心配することのなかった先史時代と同様の世界なのです。


日本で核廃棄物の最終処分場が決まってないのも、誰かがトイレのない(高級先進国!?)マンションに住んでるようなものと評された如く、日*語がいまだに即自存在用の言語の域から抜け出てないことが、大きな原因なのではないでしょうか。


日*語は私の過去のブログにもある様に、即自存在用の開音節言語の領域をいまだ抜け出てない言語なのです。


声帯を自由に震わせ人間の「魂」を込めることが出来る「母音」を一方的に発するだけでなく、「子音」と言う機能で母音を制御・コントロールする機能を持った閉音節言語を獲得することによって、心身ともに節度ある『対自存在の人類』になれるのではないでしょうか。


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