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実践 私の実存主義講座 第72回 実存主義で言う対自存在とは「概念」のことを言う/ What is the 'Being-for-itself' that is being mentioned in Existentialism? [ことばと社会]

実存主義で言う「対自存在」とは何であろうか?


それは「概念」のことである。

概念であるから「言葉」と言っても良いし、「意味」と言っても良い。

対自存在自体は「概念/言葉/意味」であり、或は心に浮ぶイメージであって、実体ではなく「無」である*。
 
この「意味」を知り、イメージを抱かせる「心」を持った存在を対自存在、平たく言えば今のところ**「人間」だけのようである。

 

英語では、'English' の一語だけで、人も言語も表します。

 

英語では、言語イコール人格の考え方なのでしょう。

 

まさに、実存主義に一番適った言語と、言わざるを得ません。

 

 

* サルトルはいみじくも言っている、対自存在自体は「無」であると同時に、存在を予言していたことになる。。

 

**いずれ「猿の惑星」のような問題が出て来るかもしれない。

 

 

What is the 'Being-for-itself' that is being mentioned in Existentialism?

 

It is 'concept.'

 

It is conception, so that you may say it, 'word' or 'meaning.'

 

'Being-for-itself' itself is 'meaning,' or 'image' in one's mind so that it is not 'solid matter, it is nothingness.'

 

It seems that we call 'human being' who can get known of the 'meaning' or who can form the 'image' in his/her mind.

 

* J.P.Sartre says that 'Being-in-itself' is 'nothingness.'

 

**An incident like the movie "Planet of Ape" may occur in the far future.


参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 

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