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無宗教でも恥じない/ 人間は宗教がなくても生きられる [ことばと社会]

自分は宗教の勧誘にあったあと、よく自分が無宗教であることに内心恥ることが多かった。

神を信じてない自分が勧誘者にどう思われているかとか

神を信じない無宗教家と言ってしまって後でとても悔やんだこともあった。

それから大分年月もたったので、最近は気持ちが安定しているようだ。

年のせいかな。

52、3歳のころ

サルトルの実存主義(サルトル自身曰く、「行動の教義」)に出会ってから

 「正しい生き方」をすれば、人間は宗教がなくても生きられる

と思うようになった。

と言って、宗教家が在家にしても出家にしても

決して正しい生き方をしてないと言う意味ではない。

頭が下がるような、立派な方が沢山おられる。

付録

手前味噌的?小論文

参考資料 MyBlogRelatedPage: 平和憲法9条と96条は変えてはいけない/今に至るまで開音節の日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の音声言語であったのであり、唐の昔に閉音節言語の英語・中国語は対自存在・Being-for-itself・有史時代用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象-正円現象)を見つけた!

 
 


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