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やっぱり日本語は開音節言語だと思います!、 と「母音の無声化」について/ このままだと日本語は閉音節言語に絶対になり得ない、と「言葉の堕胎」(abortion of word)について/ こういう言語を話している日本の国の終焉は近い!?来るは日本列島を襲う複合巨大地震!?もう日本の政治がどうあがいたって無駄!?/ 星の一生は質量で決まる、国の一生は言語で決まる!?/ 日本語は言葉のアボーションを沢山している!Japanese abort all newly-born words. [理論言語学]

第一章 「母音の無声化」 

巷間では日本語が開音節言語であるか、閉音節言語であるか喧しいようなので、類人猿くんの意見を述べてみます。

Karas, choksen, samrai, oss! 

「から」(烏)が 'karas' に 「ちょせん(直線)」が 'choksen' に 「おっ!」が 'oss!' に発音されるようになる「母音の無声化」については、類人猿くんも自分なりに考えたことがあります。

学童の頃、気心の知れた友達とすれ違いさまに、わざとよく「おっす!」と大きな声で掛け合ったものです。

日本語では「おっす!」と書くしかありませんが、この最後の「」は、「」なのでしょう。

社会人になった頃だったか父親に、「オリピック」の「」は正確ではない、「」が正しいのでは、 'p' の直前は 'm' の筈だからと、ちょっとばかり父親の眉をひそませたことがあります。(正確に言うと「」ではな

く、m」が正しいのですが、そこまで言った記憶がない)

日本人が「侍」と言った場合、「samurai」と果たして言っているだろうか、早口になれば「samrai」と言っているのではないかと、真剣に考えたことがあります。

そのときは「さむらい」という言葉を録音した資料が見つからず、就寝前の布団の中、頭の中で考えただけでした)

日本語の語尾の「・・・ま。」が「・・・ま。」に聞こえる外国人もいると、聞いた(読んだ)ことがあります。

自分はこれ以外の日本語の言葉についても考えたような気がしますが、あいにくといま思い出せません。

ところで、

人類の言語は必ず、開音節言語から閉音節言語へと発展して行くのです。

決して閉音節言語が突然現れたり、順序として開音節言語より先に現れることはありません。

人類がお猿さんから現代人までに進化してきた過程で、最初の言語は必ず開音節言語なのです。

そして日本語に限らず、民族が「開音節言語」を喋り出し、それに慣れて来ると、必ず「母音の無声化」が出て来るのです。

日本語で言うと、「karas (からす・烏)」とか、「choksen (チョクセン・直線)」とか、「oss! (おっす!)」とかのように、その民族の開音節言語において「母音の無声化」が始まり出すと、「普通」はそれがどんどん増

して行く筈なのす。(「母音の無声化」が一向に増殖せず、「普通」でない「唯一」の国は一体この地球上のどこの国でしょうか、と思う)

そして子音が単独で単語の中で沢山使われ始め、特に単語の語尾に子音が沢山使われ出すと、その文はいずれ臨界状態のようなことが起こり、ついには開音節言語の特徴の一つである構文SOVが、閉音節言

の特徴一つである構文SVOの形に変わってしまい、閉音節言語に分類される言語になって行くのです。(このプロセスは、このブログで何回となく書いてあります)

単語の途中や、特に単語の語尾における子音の使われ方を見てみると、英語では単語が子音で終わるケースが圧倒的に多いと思われます。

英語は、閉音節言語としてもっとも進んだ言語の一つと言えそうです。

第二章 「母音の無声化」は開音節言語が閉音節言語になるための萌芽 と 言葉の堕胎(abortion of newly-born word) について。このままではこの国は必ず滅びる。

Japanese language totally aborts newly-born words which have had consonants in them for the very first time, like 'karas' 'choksen' 'oss!' '-shimas' '-des' etc.

この「母音の無声化」が、開音節言語が閉音節言語に発展して行く最初の萌芽そのものと思います。これが閉音節言語への移行の始まりなのです。

'karas' とか 'choksen' とか 'oss' などの発音は、日本語が開音節言語から閉音節言語に移行する場合の萌芽と考えるべきで、地球上のどの開音節言語も、必ずこの段階があった筈です。

本来、この萌芽を摘み取ってはいけない。この萌芽を花に、果実に、樹木にしなければならない筈だと思います。

ところがその萌芽を摘み取って憚らないのが、現在に至るまでの日本語であり、日本語の五十音表であり、日本のいままでの政府なのです。

大臣にもなりうる日本の代議士さん、為政者さんしっかりして下さいよ!

日本語のような五十音表 《線文字Bでも同じ》 には子音を表す文字がないから 'karas' とか 'choksen' とか 'oss!'「せっかく発音しても」、「から」、「ちょせん」、「おっ」と書くか、あるいは漢字で、「直

線」、「烏」」と書く外ありません。

「カタカナ」または「ひらがな」で「カラス」「ちょくせん」「さむらい」あるいは漢字で「」「直線」「」と書かれては、とても 'karas' 'choksen' 'samrai' とは発音できず、いつまでたってもこの「母音の無声化」した

葉が一人前になって、日本語の中に定着することは決してありません。

これでは、日本の仮名の存在が「母音の無声化を起こした言葉」を、ことごとく抹殺しているのです。

ところが日本では、子音を表す文字体系(abcdefg...の27文字のアルファベットや27文字位で成り立っている****文字など)がないので、「」はあくまでも「su」であり、「」は「ku」であり続けます。

この「ひらがな」または「カタカナ」あるいは「漢字書き」が、人類の次の段階の言語である閉音節言語になり得る、人類の赤ちゃんになり得る胎児のような存在に等しい「母音の無声化」という萌芽を、ことごとく摘み

取っていることに外なりません。

日本の場合、「母音の無声化」ではなくて、「母音の無精〔子〕化」(笑)といった方が相応しいのかも知れません。

日本の五十音の「仮名」の存在がこの萌芽を摘み取っているのです。

これはまさに「言葉の堕胎」と言えるのです。

これは、生命を堕ろすことに等しい行為です。

違うところは、人間の胎児が全てが堕されないところにあり、この「母音の無声化」についてはそれによって生まれた言葉が、(日本語という世界に生まれ落ちても)「閉音節言語への移行への萌芽」というミッショ

ンを果たすことが出来ず、陽の目を見ることなく「ことごとく」闇に葬られようと、全て言わば水子のような存在になっているということです。

だから、アルファベットのような子音を表す文字体系を持たない限り、日本語が閉音節言語になることは絶対にありません。

子音を表す文字がないため、「母音の無声化」した言葉が増えることは一向にありません。

『この「oss」という発音は子音が詰まったもので、日本語にも閉音節の言葉があるんだぞ』、

『「オリンピック」という発音も、真ん中の「」は日本人はちゃんと「olimpikku」(その他青で表示したところにも注意!)と発音してるんだ』と口を酸っぱくし、口角泡を飛ばして主張しても、所詮、太平洋の

真ん中のイカションかイカキンのようなものでぜんぜん効果なく、ただの机上の空論のナンセンスで終わってしまい、今後の日本語にいささかも影響を与えるものではありません。

この「母音の無声化」が、日本語全体を変えるようには到底なり得ないことは解り切っています。

一向に増えることがないから、「母音の無声化した言葉」は日本語を変えるほどのメジャーに絶対になり得ないのです。

メジャーなどころか開音節だけで成り立っている日本語の他の言葉(単語)に比べたらほんの僅かで、日本語は現在のままでは(子音を表す文字体系を待たない限り-という意味)、いつまで経っても閉音節語に

絶対に移行し得ないという意味で、「母音の無声化した言葉」が日本語全体に及ぼす影響力は、実質的にゼロになってしまうのです。

これは、堕される生命と同じなのです。

そうなんです、日本では「母音の無声化」した言葉」は、この世に生まれ出ても役割のない存在としてこれから堕される運命にある胎児と同じで、どっか日本から「遠い遠い」半島の民族のようにアルファベット

能に良く似た文字体系を創らない限り、日本語が閉音節言語になることは100パーセントあり得ません。

ですから、日本には英語教育しか残されてないのです。

日本語の「母音の無声化した言葉」は、生まれ出ずれども、こうしてその存在価値を認めらることもなく、息も絶え絶えに、あとは死を待つだけの胎児同然なのです。

日本からどっか遠い遠い半島の国の****文字のように子音を表す文字体系を創らない限り、日本語はこの「母音の無声化」した「言葉の萌芽」を成長させて、閉音節言語に発展する機会を、永久に失ってし

まったことになるのです。

だから、だから日本には英語教育しかないのです!

▼線文字B

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images線文字B59音表.jpg 

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第三章 人類の言葉は開音節言語が最初、次の段階で閉音節言語になって行く。閉音節言語が突然現れることはないこと。

第四章 開音節言語は古代の生活に向いた言語であること(開音節言語と閉音節言語と社会性について)

第五章 開音節言語には日本語や線文字Bのように開音節の文字体系を持ったものとそうでないものとの二つある

(第三~五章については、いずれブログ上で纏めたいと思っています)

 

MyBlogRelatedPage日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2014年一月中旬追加)

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参考資料 (平成29年10月吉日追加)
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義 
    
 

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コメント 8

MACHO筋トレ

以前コメントをさせていただいた、MACHO筋トレです。

僕の意見への返答という形で記事を書いていただき、ありがとうございます。
また意見を書かせていただきますが、返答いただければ嬉しいです。

「子音を表す文字体」ですが、それは日本語にもあります。
それは「ん」と「っ」です。

世界中で「開音節言語」として扱われるような言語であっても、音節末の「ン」に相当する音は「例外」されることが多いのですが、閉音節であることに変わりはありません。

「ん」を例外視することは、「日本語は開音節言語である、よって、『ン』は閉音節なので例外である、ゆえに日本語は開音節言語である」という、こじつけ的な理屈によるものです。実際には、「オリンピック」のようなカタカナ語に限らず、「ん」は日本語の多くの単語に見られます。例えば、「安全」という単語は「an/zen」の2音節で、どちらも閉音節です。
以前、僕は「母音の無声化」のみを例として挙げましたが、「ん」は語頭に来ない限り閉音節しか作れません。

「っ」も閉音節です。
例えば、「接点」という単語は「set/ten」の2音節で、どちらも閉音節です。「っ」も「ん」と同じく、日本語の単語に沢山見られます。

無声化は特殊な条件が揃っていないと起きませんが、「ん」と「っ」はどうがんばっても閉音節にしかなりません。

なお、広東語や韓国語にも閉音節がありますが、それらも日本語の「ん」と「っ」に相当する音であり、英語の「put」の「t」や「neck」の「ck」とは異なる音です。
(「neck」の「ck」は、広東語の-k音よりもむしろ日本語の「直線」の「く」の音に似ています)

ちなみに、子音を表す文字体系がなくても子音が表せないことにはなりません。
まず「直線」ですが、これは漢字で書いている限り問題はありません。漢字はそれを読む言語によって発音が異なるので、閉音節を表す上での障害にはなりません。
ひらがなであっても、「アクセントが来ない『く』『す』『つ』『ふ』は語末に現れたとき、あるいは後続の音が『カ行』『サ行』『タ行』『ハ行』のときは母音のuを発音しない」という事実さえ明示すれば問題ありません。

アルファベットを用いる言語でも、ある文字が次に来る音によって異なる音を表すことがあるような言語が存在します。

このような事実はどうお考えでしょうか?
by MACHO筋トレ (2012-05-10 20:48) 

NO NAME

つまり、日本語は開音節言語であり構造がSOVだから劣っているということですか? でも2000年近く経っても変わらないんだからカタカナやひらがな云々ではないと思うんですが、、、
それにアルファベットに変えたら同音異義語が大変だし

やっぱり閉音節か開音節って世界の流行りみたいなものだと思うんです。ま、閉音節の方がかっこいいのは認めます。なので閉音節にしたければまずは自分から語末を子音にして発音してみればいいんですよ。そうすれば誰かが真似して閉音節になるのが早まるかもしれませんね
皮肉じゃないですよw
by NO NAME (2012-11-17 00:02) 

アール氏

開音節だから、とか、閉音節だから、とかで、優れている、劣っているとするのは、間違っているのではないでしょうか。
たとえ、それが変化を遅らせているとしても、日本語には日本語らしさがあるのですし、早計に決めつけるのも、いかがなものかと、思います。
by アール氏 (2014-10-13 00:38) 

ぱん

頭がおかしいひとの文章
こんなひとが反原発を主張してるんだなあ
by ぱん (2015-02-06 09:03) 

ナナシ

カナを使ってるから開音節になったというのは何の科学的根拠もない
むしろ日本語は開音節の言語だからカナも開音節の文字になったわけだろ
by ナナシ (2016-04-03 21:14) 

non-rhotic

>人類の言語は必ず、開音節言語から閉音節言語へと発展して行くのです。

これ嘘やろ。
何か例ある?

例えば上古中国語は基本的に閉音節言語(p、m、t、n、k、ng)だったが、現代北京語では語尾子音p、m、t、kは無くなって開音節化して、閉音節はnとngしか残っていない。

スペイン語なども開音節化する傾向だし。

英語では、中世以降、閉音節が増加して他のメジャー言語と比較して多様な音節語尾を持つに至ったが、現代では語尾のrを発音しない方言も出現したりしてる。

ベトナム語なども、現代では語尾子音が統合され減少している方言もある。

必ず閉音節言語に発展すると言うには、余りにも例外が多過ぎない?
by non-rhotic (2017-10-05 19:28) 

さるとる

non-rhotic 様
真面目なコメント頂き有難うございます。
まず最初に、コメント頂きながら長い間気がつかずにいたことをお詫び申し上げます。何しろ一年に一件あるかないかのコメントなので、ついついブログを更新する方に夢中になっていて、コメントはないもと、このところ決めつけていた嫌いがあり、重ねゞゞお詫び申し上げます。(先程コメントの存在に気付き慌てて書き始めましたが、晩秋の夜もかなり更けて来、瞼が重くなり掛けたので、一時筆を中断させていただきます。お休みなさい)
さて本題に入りますが、

by さるとる (2017-11-18 01:53) 

さるとる

non- rhotic 様
(2)
さて、本題に入ります。
言語は開音節言語と閉音節言語の、二種類があります。
開音節には、「母音一つ」或いは「子音一つと母音の一つが組み合ったもの」との、二種類あります。
いずれも長さも強さも同じで、抑揚もない一拍で、開音節言語はそれだけが際限無く続く、これ以上の単純さない言語の音韻のあり方です。
この開音節言語における「拍」を言語学では、「モーラ」と言うらしい。
日本語はこの一種類の「モーラ」が、延々と続く言語なのです。
私たちが子供の頃、路地裏で、「チ・ヨ・コ・レ・エ・ト」と片足でスキップした世界に通じるものです。
このモーラをAとすると、口に出した最初の音節がAということになり、次の音節もAであり、その次も、またその次もAAであり、まだ来ぬ未来までも規定してしようとするのです。
このことは正しく、サルトルが「AはAである」が通用する「即自存在」の世界のことなのです。
最近私が、「日本語は即自存在そのものであり、英語は対自存在そのものである」と気狂いの様なことを言い出した根拠はここにあります。
だから開音節言語は猿人から人間になろうとし、初めて言葉・言語を獲得しょうとしていた人類にとっては、最適な言語の筈だった筈です。(^_^)

(後半に続く/後半は閉音節言語を軸にして書くつもりです)


by さるとる (2017-11-19 05:40) 

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