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「意識*」を持った人間が死ぬということは、その物だけで百パーセント存在でき、存在濃度が一番濃い「即自存在」(物)に戻るのである、「意識」というものが無く、「意識」というものを必要としない『存在』だけの世界」に戻ることなのである/ これは独裁者や巨万の富を築いた人、ホームレスなど全ての人に等しく云えることだと思う [里吉里吉語]

**を超えた、行動の教義・行動の哲学である「実存主義」

こごでは、たんだそれだげだっちゃ。

* サルトルは、「意識」自体は無であるといっている。つまり、形も重さもないということらしい。ではなんなのさ、カ*イの肝油ドロップさ!

「意識」とは「物」ではなくて、「作用」を意味しているのではないか。刻々と変わる「作用」を指しているのではないだろうか。

「意識」はスチル写真のようなものではない、「意識」には時間とともに変化する「連続性」がある。

「時間」と「作用」、いずれも重さも、形もない。

サルトルは、この「意識」を内包した人間を「対自存在」と捉えている。

カワイ肝油.jpg

▲うちは豊かでなかったので、子供用のサプリメントなど叶わなかったのである/ 戦時中に生を享けたぼくの前歯については、いま飢饉に襲われているソマリアの小さな子供の歯の方がずっと白く、大きく立派であった。あの戦争はそれほどまでに酷かったようだ。ぼくには出生時、成長期の栄養

状態を見るため、人の前歯を観る癖がついてしまった

♪ 肝油ドロップ ♪

ぼくの好きなの 知ってるかい

とっても好きなの 知ってるかい

なんなのさ ドロップかい

カワイの 肝油ドロップさ

かんゆ~ ドロップ

 ◇ 

手前味噌的関係資料:

MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた!

参考資料 (平成29年11月吉日追加)
MyBlogRelatedPage: 
画像タイトル       
日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義 
    
 

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