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確かに日本語にも子音がありますが、それがあるからと言って日本語が開音節言語でないと言いきれない/ やっぱし日本語は開音節言語!/ と「重度複合障害の難病言語」 [理論言語学]

確かに日本語には子音があります。男同士でふざけ合って「おっ」と言い交わした頃を思い出す。この「おっ」の最後の「」は「」のように聞こえます。

また「さらい」の「」などは速く言うと、「」と発音しているかも知れません。

「オリピック」の「」などは(正確には我々は「」と発音していますが)、「」は実際には子音のように聞こえます。

結論から言わせて貰いますと、やはり日本語は開音節言語と言わざるを得ません。というのは子音のケースが非常に少なく、開音節の方が圧倒的に多くて、子音が全体に及ぼす影響は無視できるほど小さくて、それ以上子音が増えることはない。

ですから日本語は開音節言語で留(とど)まっていると考えてよいでしょう。

そこでなぜ日本語は開音節言語でまっていて、閉音節言語に移行していかないのでしょうか。

それは日本の為政者たちが子音を表す文字、あるいは体系を作ってこなかったからです。中世の頃、「何とか哀れみの令」といって犬に頭を下げさせる決まりを造った馬鹿殿様がいたからです。その前後の為政者も押して測るべきです。今の総理たちも似たり寄ったりにたり貝なのです。

どっかの国では日本の将軍などに相当する為政者が、「子音がないと国民は不便だろう」と言って27文字から成り立ち機能が「Alphabet」と同じ文字体系を15世紀に創り公布した。知性に置いて日本の馬鹿殿様とも雲泥の差である。まあ陸続きの大陸であったため刺激を受けていたの

だろうが。

その後その文字体系の使用に当たっては永い紆余曲折があったようである。一度漢字を使用してしまうとその視覚面を利用した語彙の豊富が捨てがたいのか、中々その文字体系の全面使用には至らなかったようで、日本の占領まで続いた。

日本の占領政策で漢字に加えてひらがなありカタカナありの日本語を強要されて辟易していたに違いない。また「言語」そのものを考えるようになったのかもしれない。

そして終戦直後にその文字体系の全面使用を決断したのである。ここにも日本の反面教師的な役割を感じざるを得ない。

この文字体系を全面使用していると表音文字であるため同音異義語など日本語以上に大変苦労するだろう。しかしながらそれを辛抱しているうちに単語の語尾が子音で終るケースが多くなり、それによって当然文節の最後が子音で終るケースが多くなると、50~100年先に、寒い時

期に氷が張り出すとさっと一気に全面に張るように、割合短期間にSOVからSVOに変わりそれに付くの「助詞」も無くなる筈である。その他の助詞も「前置詞」に変わる筈である。

さあどうする日本、開音節言語だけを喋っている「国家」は日本だけになってしまう!

日本の存在意義は原爆投下といい今回の原発事故といい、まさしく世界の反面教師であると言わざるを得ない。

日本はいまだに子音を表す文字あるいは文字体系を持とうとしないから、もう閉音節言語に移行する機会を失ってしまったと考えるべきである。

だから残されている方途は英語教育しかないのである。

民族あるいは国家が開音節言語から閉音節言語に移行したり、英語も公用語にしたりするするときには、その民族国家は大変な混乱と犠牲を伴うらしい。

ギリシャでは開音節の文字体系である線文字Bからギリシャ文字が確立するまでの500年の間の記録が残ってない暗黒時代あった。恐らく子音が沢山含まれるようになった古代ギリシャ語を日本の「あかさたな・・・」に相当する線文字Bで表すことが出来なくなり、そうかといって子音を

も表記できる新しい文字体系も中々出て来ない。この期間が500年近く続いたようである。

いま**半島ではアルファベットの機能と同じ****文字の全面採用によって、日本語と同じルーツの言語がアルファベット系の言語に変わろうとしている。辛抱強く****文字を使っていれば文節が入れ替わり、50~100年後には英語のような閉音節言語に変わる筈である。

この半島では同じ民族でありながら南北の分裂と言う悲劇が行われている。この悲劇も新しい言語に移行する時の副作用の一つと考える。

それに比べれば日本の小学校や中学校の英語教育はしょんべんだらり、外国では他の授業も英語漬けにしている。そして高校大学では英語で授業している。それでも家に帰れば、近所の遊び場では母語を話すから大丈夫なのである。日本の代議士は世界のホア中のホアである。

この英語教育でも日本政府は蛸のきん*ま烏賊のしょん*ん程度なのでありまする。

日本語をしっかり覚えてからなんていってたら、日本人は半永久的に外国語を身に付けられない。なぜなら日本語は「重度複合障害の難病言語」だからである。

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MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2014年2月追加)


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