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電子シンコクがやっと終ってほっとしてテレビを見続けていた処であるが、相変わらずカタカナ表記〔カタカナ語〕一杯で・・・ [同音異義語]

で感じたことは、日本人はカタカナ語* ばかり使っていられない、いずれカタカナ表記* から卒業しなければいけない時期が必ず来るということである。

よその国は、何らかの形で開音節言語から閉音節言語へ移行しているのである。

人間の女性が処*膜を何らかの形で破棄して大人の女になり、そして子供を生む身体になっていくのと同じである。

日本の国だけが、いつまでも「いやだ」とは言っていられないのである。総理にも閣僚にもなり得る国会議員が、いつまでも「心象処*膜」の持ち主であっては国民だけでなく、世界が迷惑がるのである。

隣の国々では15世紀に、27文字だけのアルファベット機能とそっくりな文字を作り、その使用に当たっては紆余曲折があったようであるが、20世紀の半ばからほぼ全面使用になり、日本語と同じルーツではないか** という「開音節言語」から、英語や中国語のような「閉音節言語」に行し

つつ

いまや「開音節言語」を話しているは先住民といわれる少数民族と、国家としては日本だけである。

中国語とか英語とかはもう紀元前千年*** ごろから閉音節言語に変わっている筈で、近代文明は「閉音節言語」を使用して出来て来たのである。

開音節言語は音声語彙が極めて少なく、同音異義語が異常に多くなるなど弊害が多く、その言語だけでは国家はもう唐の昔に機能しなくなっているのである。

日本に自然科学におけるノーベル受賞者が多い。実存主義でいう『AはAである』が通用する『即自存在』の「宇宙はどうできたか」、「素粒子はどうした」など『物だけの世界』には人並み外れた探究をし優れた業績を残すのだが、『AはAであった』としか言えない『対自存在』(人間の「意識」の

世界)の分野である人文科学の研究(政治学など)ではからっきし駄目なのも、有史前に作られた「あかさたな・・・」という開音節言語をいまだに話してるからに他ならない(ノーベル文学賞、平和賞は「研究成果」に与えられるものではない)。

* 「あ」は「ア」としか発音しないから、また「あ」自体には意味がないから、「カ」は「か」としか読まず「カ」自体には意味がないから、仮名はひらがなにしろカタカナにしろ、これらは日本語という開音節言語の「発音記号」でなのであり、発音記号の羅列を「言葉」とは言わない。

** その証拠として日本語と同様、単語を「格」付けする「助詞」というものがある

*** 1952 (1953?)年、線文字Bの解読によって、現在の英語を含むヨーロッパ言語のみならずラテン語も元を辿ればギリシャ語であり、古代ギリシャ語は日本語と同じ「開音節言語」であったことが解明された。

中国語も、いきなり語彙の豊富な現在の閉音節言語になる筈はなく、前に必ず「開音節言語」時代があった筈であるが、残念ながらその証拠が見つかってないらしい。

言語が開音節言語から閉音節言語に移行するのは人類には一度しかないらしく、その民族には大変な混乱と犠牲が伴うらしい。(今の朝鮮半島が不幸にも分断されているのも、新しい言語が胎動し始めている犠牲と考えることはでないないだろうか。なのに日本は国がいったん滅びたことを

絶好の好機とせず、「言語改革」をするどころかアジアの国々に迷惑を掛けていながらさっさと人類史上の「驚異の経済成長」をしてしまったのである!なんとも戦後も罪深い!「アジアと共に」という反省の気持ちなどさらさらなく全くガキ大将のように振る舞い、戦後の日本も可笑しいことが

分かる。「重度合障害言語」を喋っている日本は、実はそれしか能がなかったと言える!

因みに、線文字AやBは出来ても十分に使われずに、古代ギリシャでは500年ほどの記録の残ってない「暗黒時代」が続く。そして紀元前8世紀ごろ「閉音節言語」の特徴であるギリシャ文字24文字で書かれた「ギリシャ神話」が、最古の文献として発見される。

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▲ 線文字B 粘土板(未焼成)/ ギリシャ・クレタ島出土/ 出土数が少なく、また文章を記した資料がなく、主に財産の在庫管理などに使わた。未焼成なこともあって十分に使われなく廃れていった。開音節文字にしろ一旦できると言語の変化は速いらしく、線文字Bが十分に使われる前にギ

リシャ語は周りの影響をうけて、言語に子音が独立して単語の中にが入り込むようになって、日本語がアルファベット受け付けないように、線文字Bが機能的に働かず、線文字Bが廃れざるを得なかった。古代ギリシャ語だけでなく、ほかの開音節言語も皆このようにして閉音節言語に移行して

きたと思われる。日本語だけが特殊な運命を辿っている。開音節言語である日本語は、視覚的に単語をいくらでも増やせる漢字を採用してしまったので、日本語は閉音節言語に移行する機会を失っていまった。

ここではっきりしたことは、これから日本語を閉音節言語に変える難しさより、英語などの外国語を取り入れる方法しかないということである。隣の半島の民族のように「子音のない文字では不便だろう」と皇帝が人民の不便を慮って、中世に27文字を創作した民族ではないのだから。

 ◇

MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2014年3月追加)

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コメント 1

??

中国語とか英語とかはもう紀元前千年*** ごろから閉音節言語に変わっている筈で、近代文明は「閉音節言語」を使用して出来て来たのである。

筈でなどという言葉で理論を展開するのは学問とは程遠いですね。
それは貴方の妄想にすぎません。

中国語は遡れば遡るほど複雑な子音連続が見られ、逆に時代が進むにつれてそれらが単純化してゆきます。

音韻構造や音節構造と文明は一切関係ありません。
そんな証拠何処にもありません。

あまり言語学を馬鹿になさらぬように。
by ?? (2014-07-06 02:58) 

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