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ここだけの話・日本語の暗い運命/ 狐憑きとか目が小さい細いとか / 日本人は世界がますます楽しめない顔立ちとなって行く/ あとは外国の血が混じることを望むだけ/ 仮名が単なる発音記号でありながら本文に組み込まれてしまい味噌と*を一緒こたにしたような日本語のために [ことばと社会]

「おおみそか」と発音される「大晦日」は「言葉」であり「文字」である。そして読み方として「大晦日」の右側に振られる「おおみそか」は発音記号である。「お」は「お」、「み」は「み」、「そ」は「そ」、「か」は「か」としか読まないから、これは文字の一種であっても、機能は発音「記号」に属する。

日本文は、本文に発音記号が入っちゃった世界で唯一の言語である。中国語にしろ英語にしろ発音記号を特別な場合以外、本文に挿入しない。

普通、発音記号は歌舞伎の「黒子」に当たるから、本文には組み込まれない性質のものである。日本文は、それを平気にやってしまう。要するに日本文は、機能的に味噌も*も一緒こたなのである。そういう言語を話す民族は、顔立ちも、味噌も*も一緒こたにしたようになる。日本人の顔立

ち、骨相は世界がますます楽しめない雰囲気を持つようになる。日本人はこういうことを考えないで、♪生きているんだ~しあわせな国民な~んだ~~手のひらを太陽に~♪



<参考>

* サルトルはこの宇宙の存在を「意識あるもの」と「そうでないもの」との二つに分けている、意識のないものを「即自存在」とし、意識あるものを「対自存在」として。彼はDecartesの「われ思う。ゆえにわれあり」をこの宇宙の唯一の真理として肯定しているから、「意識するもの」は存在するものと

捉えている。

さらに、「意識」は他の存在と同列に並ぶ存在ではない、「意識」は自己を超越したものを志向する」と言っている。であるから、意識は言語によってなされること判る。サルトルは言語との係わりについては言及してないが、「自己を超越したものを志向する」と言ってるから、この「意識」には、「思考」

が含まれると解釈する。思考するには「言語」がなければならない。要するに、「意識」と「言語」は一心同体であって、不可分のものだと解釈する。それゆえ、言語を獲得することによって人間は完成された(一人前の)人間になるのではないか。人間の顔相、骨相は、言語に大きく影響される筈であ

る。


☆ 黒木明紗 (日美混血) - 東洋の Ingrid Bergman と言われるような、大女優に育って欲しい/ きみは Bergman より美しい


YouTube 黒木メイサ


Ingrid Bergman at age 14
Ingrid_Bergman_at_age_14[1].jpg

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  MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2015年12月追加)


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