So-net無料ブログ作成

助詞の文化/日本文化の根は依存文化 [助詞]

助詞の文化

① 日本語構文においては「名詞」には性格がありません。ただの積み木と同じで、他とのなんらかの関係を求める品詞ではありません。

② 日本語では主語、直接目的語、間接目的語は「助詞」がついてはじめてその名詞の性格(役割)が決まります。外国語にも「助詞」に似た「前置詞」というものがありますが、すべての前置詞は意味があります(of, to, from, on とか)。「助詞」のある言語は、「言語明瞭意味不明」のつか

所のない文化素地を造ります。

③ 「助詞」には発音はあっても意味がありません。こういう品詞はいやらしい。役割的には松葉杖的です。松葉杖だけではなんの役に立ちません。「~の上に」に至っては助詞が二つもあります。「on」の一音節で済むと処を「の・う・え・に」と四音節も使っている悠長さは弥生式時代までの生活

には向いていたでしょうが、現代の生活には向いていません。言語的には、「助詞のある言語」から助詞が欠落して行き、「助詞のない言語」へと発展してきたのです。

④ 言語は話し手の性格を創ります。

⑤ Water garden を「水庭園」、「未知と遭遇」など、日本人は「助詞」が欠かせません、助詞を付けないと気がすまない性向を作ります、一種の強迫観念に駆られるようになるのです。こういう弱い言語を喋っていると、却って無意識に虚勢を張りたくなり、自分は大国だ、大東亜共栄圏

を、と誇大妄想に陥るのでしょう。

⑥ 日本語の「助詞」や「助動詞」は意味がありませんから強調しても意味がありません。役割が松葉杖的だからその松葉杖をけられればひとたまりもありません。日本語は弱いのです。そのような言語を喋っている官僚の無謬なわけがありません。官僚は日本社会の「がん細胞」なのです。

国会議員は数年に一度ふるいにかけられますが。

⑦ ことばを見ても日本は実質的に独立国たり得ません。これを間違えると日本は大変なことになる。

⑧ 「助詞」は古代語の名残です。「いろはにほへとちるぬを・・・(別名「50音言語」)」から 「子音」が独立して存在しうる alphabet 系に変化して行くのです。50音言語はいまでは日本語だけでしょう。

⑨ 「氷川丸」とか「弁慶号」と、名詞の後に何かをつけたがるのは、日本人にはこの「助詞」をつける習慣があるからだと思います。「あのー・・・」の「の」も助詞です。

  ◇

MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2014年3月追加)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0