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人間は粘着質の性格でない方がいい/ 粘着質の者は他人の主体性を削いで周りに迷惑を掛けていることに気が付かず、それどころか良いことをしていると思って憚らない。主体性を削がれている者もそのことに気が付かず事態がますます悪くなり、気が付いたときは取り返しの付かなくなることが多い/ 家族、親族、自分の周り、自分が付き合っている人に粘着気質の強い人がいないか注意してみよう/ 主体性の哲学・実存主義が程遠い二本では粘着質の人が多いのでは!? [主体性の哲学]

粘着質の人は、周りの人に迷惑を掛けることが多いのではないでしょうか。

粘着質的な関係を求めて「親切心からだ」、「心配心からだ」と思わせぶりに人の不安感を煽られ、知らず知らずのうちに主体性を削(そ)がされている人は多いのではないでしょうか。

こういうのが家族や親族に居るのも困りものだ。家族、親族は自己の自我が芽生える前からいるから、異常な状態に気がつかないで育ってしまうことがあるからである。

気がついたときはもう遅いということがあるからである。

この世の中はあっさり、淡白な性格の人の有り難味があまり評価されていないように見られる。

その粘着質の対象とされた者は知らず知らず自分の主体性が削がされているこにと気が付かずに、そのようなケースが重なり主体性をほとんど失って病気一歩手前のなったり、自己の不摂生も重なって病気*

になったりする場合もあるのではないだろうか。

他人に迷惑を掛ける連着生粘着性の極端な例は、行き過ぎたストーカー行為などに見られる。 別れた相手を殺したり、その親族を殺すまでに至ったりする。

最近は、こういうニュースが多い、今に限ったことではないと思うが。

サルトルの実存主義の哲学は主体性の哲学とも云われ、彼自身も”行動の教義”と言ってるように、人間世界の全ての事象をカバーする哲学と言ってよいのではと思う。

* 病気、疾病、事故による怪我も障害も「自己の体の一部が機能しない」という意味で、主体性が阻害、喪失された状態と見ることができる。

 ◇

MyBlogRelatedPage: 日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(簡潔で美しい現象)を見つけた! (2014年3月追加)


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参考資料 (平成29年10月吉日追加)
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義 
    
 

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死ぬことは永遠に眠ること [主体性の哲学]

死ぬと言うことは永遠に目の覚めないことであり、永遠に何も「感じない」ことである。

亡くなられた方には、「ご苦労さま、(人間を卒業されて)おめでとう」と言いたい。

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