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実践 私の実存主義講座 第71回 日本とアメリカとの間には最大「即自存在」と「対自存在」ほどの差がある。 [実存主義]

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実践 私の実存主義講座 第67回 ウォルト・ホィットマン 「卒直に評価すると、英語はあらゆる方言、民族、時代が融合・・」/ Viewed freely, the English language is the accretion and .../ 関東大震災記念日前夜にあたって [実存主義]

卒直に評価すると、英語はあらゆる方言、民族、時代が融合して発達したものであり、すべてが自由かつ簡潔に構成されたものである
-
ウォルト・ホィットマン
米国 詩人・随筆家・ジャーナリスト
1819 - 1892

「米語は母音が少なく、最初に地球の重力を振り切って月面着陸の出来た、一番自由度の高い言語である」ことは書いたことはあるが、いくら英語が好きな僕でも、ここに書いてあるホィットマンの様な表現は出来なかった。

この言葉のひとかけらも見たことも、聞いたこともなかった。


さすが、ホィットマン!


僕の英語にまつわる探索は、ほとんど独学である。

「言語も地球の重力の影響を受ける筈である」と言い出したのも、また「日本語文と英語文は、文節単位に区切った場合、主語節を共通の出発点として、円周上を互いに反対方向に構成されて行き、丁度一周した処で終止

る」という、自称「一円現象(One - Yen - Coin Phenomenon)を発見・発表したのも、思索好きなこの類人猿の擬似サルトル君である。


ホィットマンがますます好きになってしまった。


♬男心に男が惚れて〜 ♩お乳欲しがる〜 ♩この子が可愛い〜♬(^_^)

-

'Viewed freely, the English language is the accretion and growth of every dialect, race, and range of time, and is both the free and compacted composition of all.'

 

Walt Whitman

U.S. poet, essayst and journalist

1819 - 1892

 

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参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 

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実践 私の実存主義講座 第66回 北*鮮が聞く耳を持たないのは・・/ 今日英国のメイ首相が飛行機でやって来た。 [実存主義]

北*鮮がここのところ聞く耳を持たないのは、御将軍様の耳が非常小さいからです(^_^)


今日、英国のメイ首相が飛行機でやって来た。


私の、英国とEUとの今後の在り方についての基本的な考え方はメイ首相と同じで、次の通りです。



EU離脱に関して


英国は押しも押されない現在の世界共通の言語を造り


世界に広めた言語超大国


英国は人類最大の貢献をした。


その英国をいつまでも他の国と一緒子他にしてはならない


もう一度独自の道を歩ませよ。


日本語の仮名と同じ


古代線文字Bを解読し


先史と有史を結び付けた


マイケル・ ヴェントリスを産んだ国・


英国


  
線文字Bを解読した男―マイケル・ヴェントリスの生涯

線文字Bを解読した男―マイケル・ヴェントリスの生涯

  • 作者: アンドルー ロビンソン
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本
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画像 タイトル              
45 2013年7月4日は唯一日本語が先史時代用で且つ即自存..  


タグ:メイ首相
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実践 私の実存主義講座 第65回 開音節言語で国家を形成してはいけない/We should not form a country by open-syllable language. [実存主義]

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実践 私の実存主義講座 第63回 ここに来てロケット発射失敗!(キッテリョン) [実存主義]

「グァム島近くまでICBMを飛ばすぞ」と聞かされて、私は「もし成功したら、これはまずいぞ、私の人類の歴史のシナリオから外(はず)れてしまう、ここでは「失敗」しなければならない、キッテリョンは「演出」(大細工)

してまでも、「失敗」したと言わなければならない」と思った。


演出とまで考えたのは私の悪い性癖で、考え過ぎだと思う。


あちらのお将軍様はお育ちが良さそうで、そこまでは「曲解」なされない、若さゆえ隠せないフランクさを御餅の御方と、御察し申し揚げまする。



参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 

 
 

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実践 私の実存主義講座 第62回 日本の政治家・為政者の「粒さ」さが判ります、♬つぶらなひ〜と〜み〜♫/日本語は開音節と云う大前提を変えずに主に漢字・カタカナ語を採用・使用することで、過去から現在への一方通行の意思疎通である「視覚**」面のみを利用することで語彙を増やしてきた。 [実存主義]

MVC-024F.JPG

♬つぶらなひ〜と〜み〜♪こんにちわ♪あかちゃん♪私が日本のグランパ〜よ〜♬

半島の将軍様の一人は民族に一度の言語改革*を決断した指導者として、マイナス面は永い年月で忘却され、一番の善行だけが、月面着陸の次の次の又その次に次ぐような、人類の歴史上の人物となる筈である。

日本の政治家は人類史上、吹けば飛ぶ様なごみ、塵・芥の類いか、長い歴史において国家財政を巣食い、自国民に対しては大きな欺瞞を沢山持った、寄*虫の親玉の様な存在と記されるのが関の山であろう。

*本の一部の、痴性に欠けた単純野郎で、自己顕示欲の強い政治家・為政者には、涎が出そうな話だろう

*開音節言語(未開用)から閉音節言語(悟性・知性用)への言語改革。

日本の政治家はマイナーの又マイナーのマイナーチェンジ向き!

*本はいまだ開音節言語しか話せない国。

開音節言語は言語のない所に創(はじ)めて出来る言語。

だから大まかで単純な発音でできている。

だから元々先史時代の生活に向いた音声言語。

その頃は、はっきりした「過去」の概念が無かった筈。

*本語は開音節と云う大前提を変えずに主に漢字・カタカナ語を採用・使用することで、過去から現在への一方通行の意思疎通である「視覚**」面のみを利用することで語彙を増やしてきた。

だから*本語は過去志向が極めて強く、その分だけ未来志向が少ない言語。

安*首相の言ってる「未来志向」は半分嘘っぱち。

カーソルが確定ボタンを押すまで〔納豆のように[わーい(嬉しい顔)]〕糸を引くのもこのためです。

だからその*本語だけしか話せない*本人はとても過去志向の強い民族。

言語に原因があるから、いくら回りが口すっぱく言っても無駄。

まさに「鹿馬につける薬はない*」というもの日本にだけ原爆が二つも落ちたことで分かるでしょう。

閉音節言語は開音節言語を母体として出来上がって来る言語。

*本は言語的に語学的に発達障害の国で、日本語は重度複合言語で、先に身についてしまうと外国語の習得が殆ど不可能。

同盟国の*国は、障害者を扱うようになだねすかして、付き合って行く他ない。

米国自身のみならず、世界平和のためにも。

そうしないと、*本列島が赤化されちゃうから。

*だから国民は、世界はそのときが来るまで辛抱強く待つしかない。『東アジア情勢を不安定にさせてることとは別に戦没者の慰霊をどこでやろうがそれはその国の自由であり外国のとやかく言うことではない』と

米国が発言をあえて明確にしたことは、つまり「世界はそのときが来るまで辛抱強く待つしかない、それ以前に世界の安定秩序が保てなくなったら、米国はそれなりの対処をするよ」、そう云う意味と自分は解釈す

る。『言葉』のできない発達障害児のような餓鬼、道楽息子のようなのを同盟国に持った養父のような麦国も大変だ。

**書いたものは書いた傍(そば)から過去のものとなって、過去から現在への一方通行の意思疎通のものとなる。

  音声は喋る傍から消え去ってしまいまさしく現在的だが双方通行が可能な意思疎通である。

参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 

 

 


 

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日本語はそもそも即自存在・Being-in-itself・先史人用の言語であり、英語・中国語は対自存在・Being-for-itself用の言語である客観的証拠(現象)を二つ見つけた!/日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった世界で唯一特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない/& My EXISTENTIALISMと実存主義  [実存主義]

らこの小論文の構成


第1章 実存主義


Ⅰ即自存在

Ⅱ対自存在


第2章 日本語と英語の違い


Ⅰ日本語と英語は反対回り


Ⅱ日本語はエネルギー(=質量=物質=物)を基準に構成されている


Ⅲ英語は意味(=概念=意味=情報〔量〕=意識)を基準に構成されている


第3章 実存主義と日本語・英語の接点


 実存主義と反対回り


第4章 結 論


Ⅰ日本語は即自存在の為の言語


Ⅱ英語・中国語は対自存在の為の言語


Ⅲ憲法9条・96条を変えてはいけない。

参考

日本国憲法 

第9条

第96条

脚注

===========================================

第1章 実存主義  EXISTENTIALISM

実存主義ではこの宇宙の存在物を、『即自存在』と『対自存在』の二つに分けるらしい。

Ⅰ即自存在  Being-in-itself

即自存在とは、『それがあるところにあるもので、(それが)あらぬところにないもの』となるらしい。

道端にころがっている「石ころ」などであり、目の前の「椅子」などを云うのだろう。

石とか椅子はそれ自身思ったり考えたりすることがなく、そのものだけで100パーセント存在しているもの、存在できるからだと思われる。

よって、『それがあるところにあるもので、あらぬところにないもの*1』となるらしい。

これを、『即自存在』と云うらしい。

対自存在  Being-for-itself

対自存在とは、『それがあるところにないもので、(それが)あらぬところにあるもの』であるらしい。

どうも『意識』のことを云うらしい。

「石ころ」や「椅子」そのものではなく、石ころを前にしてあるいは目をつぶっていてもその石ころを、「意識」している存在がある。

それらがどういう特徴を持っており、用途などを知っている「存在」がある。

この存在はその「即自存在」にはなく、即自存在とは別に存在していると考え、それがあるところにないもので、あらぬところにあるもの*2』となるらしい。

この存在を『対自存在』と云い、『意識』のことを云うらしい

ただし、サルトルはこの「意識」自体は無であると言っている。

そして、この意識を内包した存在を「人間」と言っているようである。

「即自存在」だからと言って、無機質なものの世界に限らないらしい。

と云うのはサルトルは、「意識」は『自己を超越したものを志向する』と言っているからである。

動物はそういうことはしない。

それゆえ牛だとか人間に一番に近いオランウータンはもちろんのこと、文字を持たなかった先史時代の人類の大半は「即自存在」に属していたのではないだろうか。

 ▼「あっち」「こっち」と云ってまだ一文章を作れず、助詞や動詞はまだ現在形しかなかった時代と思われる

MVC-051S.JPG (おれこっち、おまえあっち、おれここ《首を指す》、おまえここ《脚を指す》つかむ)

MVC-053S.JPG (ほね、なか、おいしい、おれつぶす、たべる、おまえ(ら*)そこ、いる)

MVC-042S.JPG

▲人間にも「即自存在」の段階があった筈である。人間はどの段階で「即自存在」から「対自存在」になったのだろうか。民族的、部族的に大きなばらつき、差があったのではないだろうか?このアニメーションは人類に言語が芽生え始めた

頃のもので、このころは日常生活に不可欠な素朴で簡単な「名詞」とあとは「動詞の現在形」と「あっち」「こっち」の代名詞ぐらいで済ませていた頃で、完成した文章を作れるようになるのはこのずっと後だったに違いない。

* まだ複数の概念を表わす表現方法もなかった段階があったのではなかろうか

第2章 日本語と英語の違い

Ⅰ日本語と英語は反対回り*3

反対回りとはどういうことか、例文と図解で説明しよう。

例文

(日本語文) 「私達は/ 先週の金曜日/ 5番街/ の/ ホテルのレストラン/で/ 食事会を/ 持ちました/。」

(英語文) ”We/ had/ dinner/ in/ the hotel's restaurant/ in/ Fifth avenue/ last Friday/.”

この例文を円*にしてみると、

* なぜ円にするかというと、円には「特異性(peculiarity)や特異点と言うものがないからです。(円卓会議が行われるもこの理由からです)

▼日本語を右回りに構成して行った場合、ちょうど英語は日本語と反対回りで構成されていくのが分かります(形容詞と非形容語は一体と考えます)。

     ← We 私達は →

  had ↓ = 持ちました。last Friday. =  先週の金曜日

dinner ↓ = ↑ 夕食会を   Fifth avenue ↑ =  5番街

   in ↓ = ↑ で       in ↑ =  

the hotel's restaurant → = ← ホテルのレストラン

-

▼日本語を左回りに書いた場合、英語は右回りに構成されているのが分かります。

         私達は = We →

先週の金曜日 ↓ = last Friday. 持ちました。 =  had

5番街 ↓ =  Fifth avenue    夕食会を ↑ =  dinner

    の ↓ =  in        で ↑ =  in

ホテルのレストラン → =  the hotel's restaurant

このように日本語文では主語節に一番近い時間節が英語文では主語節から一番遠いところに来るのです。

また日本語文では主語節から一番遠い所に位置する動詞節が英語文では主語節の一番近いところに位置するのです。

小さな不規則の特例*はあるとしても、日本語文と英語文とは主語を中心として『反対回り』 になるのです。 

* 英語文では 間接目的語を人称代名詞にすると、動詞のすぐ後にその間接目的節が来、その次に直接目的節が来る。

これは人称代名詞に特殊性があると思われます。

例: (a) Edward gave the book to Catherine.

   (a') Edward gave her the book. 

Ⅱ日本語はエネルギーを基準に構成されている*4

例文 

(日本語文) 王さんは結婚式新婦に花を贈る。

王さんは/ 結婚式で/ 新婦に/ 花束を/ る。

(英語文) Ms.Wang/ presents/ a bouquet/ to/ the bride/ at/ the wedding ceremony/.

▲▼この順序が一番自然な文章なのです。

MVC-006F.JPG

▲日本語教室の構文/ 主語節と間接目的節の間に場所節(助詞「で」)が入れば、母音の5音が出揃い、声楽で習う、あ>え>い>お>う>の 順に綺麗に揃う

この文の各文節の最後の音節は、「は(わ)・で・に・を(お)・る」です。

これらの助詞には音があっても、意味がありません。

これらから母音だけを取り出してみると、「あ・え・い・お・う」となります。

「あえいおう」の各母音にも、音だけがあって意味がありません。

音は暖かい息の塊りが喉奥を衝いて口蓋に激しく排出されます。

息は暖かい空気の塊りですから、エネルギーを持っています。

あ・え・い・お・う の順は、正面から見た口の開き具合がこの順序で小さくなって行くのです。

ですから、あ>え>い>お>う の順序で息の量が小さくなって行きます。

それゆえ、あえいおうの順序でエネルギーが小さくなって行くのです。

このように、日本文はエネルギー/質量(物)を基準にして構成されて行くのが分かります。

余談ですが、「あいうえお」は音の高低順に並べたものです。

Ⅲ英語は意味を基準に構成されている*5

例文

(英語文) Mr. Smith/ presents/ the reports/ to/ his colleagues/ at/ the meeting/ this afternoon/. 

(日本語文) スミス氏は/ きょうの午後/ 会議/で/ 同僚/に/ 報告書を/ 提出する/。 

    ← Mr. Smith スミス氏は →

 presents ↓ = 提出する。this afternoon. =  きょうの午後

the reports ↓ = ↑ 報告書を    the meeting ↑ =  会議

              to ↓ = ↑    at ↑ =  

               his colleagues → = ← 同僚

この英語文のように文節の最後が子音で終わるケースが多くなると、理論的には子音は口腔と舌が作る形でありエネルギーがないので、日本語のように(息が持っている)エネルギーを基準にしなく(出来なく)なります

それでは英文は、何を基準に構成されて行くのでしょうか。

それは、英文は「意味(情報)」が基準になって構成されて行くのです。

それでは、意味が基準になっているとはどう云うことでしょうか。

「スミス氏は」の主語節に一番関わりが大きいのは動詞節ではないでしょうか。

では関わりが大きい、強いとはどう云うことでしょうか。

主語節の次に動詞節を持って来たとき次にどの節が来るか事前に決まってしまうと云うことです。

「スミス氏は提出する」と云えば「何を?」と、どういう報告書か分からなくても次に来る文節が「目的格」であることが、話し手はもちろんのこと聞き手にも分かります。

ゆえに、ここに単語だけを持って来れば良く、その単語を目的格にする「助詞」と云うもの必要がなくなるのです。

「スミス氏は報告書を提出する」と切り出した場合、次に一番求められているのは「どこに?」という間接目的節であることが誰もがわかります。

このように英語は意味(情報)が基準となって構成されているのです。

なお余談ですが申取くんが一文章全体の意味を100とした場合、各文節の意味の大きさ(重要さ)を次のように仮に割り振ってみました。主語節と動詞節で次に来るの文節が決定してまうので、この二つの節で文章全体の半分

(50%)以上の意味合いを占めると考え、次の二通り考えました。(数値については科学的なデータに基づいているものではありません)

-Mr. Smith 28/ presents 24/ the reports 20/ to his colleagues 16/ at the meeting 12/ this afternoon 0.

-Mr. Smith 36/ presents 28/ the reports 20/ to his colleagues 12/ at the meeting 4/ this afternoon 0.

第3章 実存主義と日本語・英語の接点

実存主義と反対回り

第2章のⅠで考察した『反対回り』とはどういうことでしょうか。

れは、『日本語と英語はお互いに同じ場所にはあり得ない』ことを意味している。

それどころか『互いに真逆の位置にある』ということを意味している。

日本語文では主語に一番近い時間節が英文においては主語から一番遠い所に位置し、また日本語文では主語から一番遠い動詞節が英文では主語に一番近い所に位置するということは、日本語文と英語文は本当に真逆な順序で並

んでいることを意味しています。

このことは、どちらか一方が他方に「対峙している」と云っていいのではないでしょうか。 

これは実存主義で云う、

日本文と英文のどちらか一方が、サルトルの云うそれがあるところにあるもので、あらぬところにないもの*1であって、他方がそれがあるところにないもので、あらぬところにあるもの*2と云うことになるのではないでしょうか。

では、日本語と英語のどちらが「即自存在」のための言語で、どちらが「対自存在」のための言語であるかの、根拠、証拠を見つければいいことになります。

もう、答えはもう半分出ているようです。

第4部 結 論

Ⅰ日本語は即自存在のための言語*6 

第2章Ⅱで考察したように、日本語文は「エネルギー」を基準にして構成されているのです。

アインシュタインが言ったとおり(E=mc^2)、エネルギーと質量は等価です。

開音節言語の日本語が、実存主義の哲学でいう「即自存在」のための言語であることが分かります。日本語は、意味・観念・悟性(心)よりも物質的な大小・多寡、物理的な強弱・高低などを根拠に、理性よりも個人的な感情で価値判断

する民族を造る言語なのです。

Ⅱ英語・中国語は対自存在のための言語*7

第2章Ⅲで考察したように、英文は「意味」が基準になって成り立っているのです。

意味・観念・情報は心の世界のことで、意識がすること、できることに他なりません。

ですから、閉音節言語は「対自存在」のための言語であることが分かります。

英語に意味のない単語が一つも無いことも、また「而」を除いて意味の無い漢字がないことも、英語・中国語が「対自存在」のための言語である立派な証拠でしょう。

また閉音節言語の表記法が確立した直後にギリシャ(ギリシャ文字)ではソクラテスとかプラトンなどの哲学者が、中国(漢字)では孔子、老子などの大思想家が出ていることも、これらの言語が「対自存在」のための言語である証拠であ

ると思います。

Ⅲ憲法9条・96条を変えてはいけない*8

日本の国は言語的には非常に変わった地球上で唯一の国家なのです。

日本の国は言語と近代・現代生活〔社会〕との間に大きなずれが生じてしまった世界で唯一特殊な「国家」なのです。

特にソフトウエア中のソフトの一つ「政治」の世界において。

そういうことあって、日本にだけに E=mc2(乗)の実証である原爆が二つも落ちたのです。 

日本の国会議員が「即自存在」と云うことでは決してありませんが、日本の言語が即自存在向きの言語であること(ということは先史時代向きの言語であるということ)は紛れもない客観的事実であり、それだけを話ししかも第一言語として

いる日本の国家は政治的に一人前ではないのです。 

それゆえ、憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は、変えてはいけない。 

参 考 Reference

日本国憲法 CONSTITUTION 

第9条 戦争放棄 Denunciation of War

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 

-

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.

2 In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

第96条 改正手続 Amendments

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。 

2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。 

Amendments to this Constitution shall be initiated by the Diet, through a concurring vote of two-thirds or more of all the members of each House and shall thereupon be submitted to the people for ratification, which shall require the affirmative vote of a majority of all votes cast thereon, at a special referendum or at such election as the Diet shall specify.

2 Amendments when so ratified shall immediately be promulgated by the Emperor in the name of the people, as an integral part of this Constitution. 

Footnotes

*1 "Being-in-itself" is where it is, and is not where it should not be.

*2 "Being-for-itself" is where it should not be, and is not where it is.

*3 Japanese sentence and English sentence are opposed to each other around on a circle.

*4 Japanese sentence is composed on criterion of "energy".

*5 English sentence is composed on criterion of "meaning".

*6 Japanese language is for "Being-in-itself."

*7 English and Chinese languages are for "Being-for-itself."

*8 Article 9 and 96 of our Constitution should not be amended.

(この小論文終わり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

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