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実践 私の実存主義講座 第26回 日本語が即自存在用の言語であり英語は対自存在用の言語であることを、もうちょっと実存主義に立ち入って検証してみる [実存主義]

日本語が即自存在用の言語であり英語や中*語等が対自存在用の言語であることは、私の発見した「一円現象」を読んで貰えば理解して戴ける筈であるが、さらに深く実存主義に立ち入って日本語が「AはAであ

る」が通用する世界の事象ごとであり、英語・中国語

「AはAであったとしか言えない」が通用する世界の事象ごとであることを別検証してして見ようと思う。


サルトルに依ると「AはAである」が通用する世界は「即自存在」の世界だという。

サルトルに依ると「AはAであったとしか言えない」が通用する世界は「対自存在」の世界だと言う。


そこで類人猿のゴリラくんは、日本語は「AはAである」が通用する即自存在の世界の事象であり

英語・中国語は「AはAであったとしか言えない」が通用する対自存在の世界の事象であると主張するのですあ。


なぜか?


結論から言うと、開音節言語である日本語の音節の展開の在り方(仕方)と閉音節言語である英語の音節の展開の在り方(仕方)が、それぞれ「AはAである」と「AはAであったとしか言えない」に、そのままそっくり対応すると思うからである。


それはどうしてか?


開音節言語の日本語には次の二種類の音節があります。


母音一つのみの音節(V)と、子音一つと母音一つが結びついた音節(CA)と。

 V=Vowel      C=Consonant


前者がアイウエオの五つで、後者はカキクケコ、サシスセ・ タチ・・・ ナ・・・・ ジャ・・ ピャ・と続く。


」も「」も「」も「」も「」も「ジャ」も「ピャ」すべて同じ一拍(日本語のような開音節言語では「モーラ」と言いう)なのです。


すべて同じということは、一拍の「長短」も、「アクセント」も無く、ましてや「抑揚(イントネーション)」もなく、そのことを原則としているのです、*素地(テキスト)にしているのです。

* 素地(テキスト): コンピュータのテキスト形式(素地)はプログラマーが書くものですが、人間の話す「言語」のテキスト(素地)は「宇宙(天或いは自然、人によっては神ともいう)」が書く(用意する)ものなのです。


最初の「ア」のモーラの在り方を「A」と表現すれば、同じAが永遠に続く世界なのです。


AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA~∞なのです


日本語の人名や地名を聞いても何を聞いても平坦に聞こえるはこの為です。


まさにこれこそ「AはAである」が通用している世界ではないでしょうか。


このことはまさに今のコンピュータに例えれば、原稿用紙のマス目をひらがな或いはカタカナ或いはアルファベットの一字一字を埋めていく「メモ帳」のように、「テキスト形式」程度の「単純さ」(この単純さについては後で他の現象でもって検証します)の世界

のことではないでしょうか。


この単純さは「即自存在」の世界のことではないでしょうか。


日本語はとても「音」も表現できる「リッチテキスト形式」に匹敵するとは言えないでしょう。


英語のような閉音節言語には次の四種類の音韻がある。

(1)V
(2)CV
(3)VC
(4)CVC
-
☆この内Vには長音、半長音、二重母音などありそれらが連続する場合がある。またCにはクラスター(子音群)の場合があり、子音が連続してもいい。日本語には僅かな例外を除いて(1)と(2)だけがあります。
-
このように音節の在り方が沢山あると、次に来る音節の在り方が予想できません。
-
最初の音節を「A」としても、次に来るタイプが同じAであるとは限らず、BかCか、YかZが来るか英語にはCVCの在り方が千個を超えるかも知れません。
-
A??????????????????????????????~∞ と言う訳です。
-
これは正しく、*語は実存主義で言う「AはAであったとしか言えない」世界の現象ごとではないでしょうか。


この不確実性は「対自存在」のみが対処できる世界のことではないでしょうか。


*日本語文と英語文はー円周上を反対周り構成されて行くという「一円現象」からの検証


一円現象とは、同じことを記述した日本語文と英語文が主語を出発点として一円周上を丁度一周して終止するという現象です。

このことは日本文と英語文が一つの小世界を表しているということではないでしょうか。

あるいは小宇宙どころか大宇宙を現しているのかも知れません。

「円」はだれが見ても理解できる図形です。

文章(言語)は人間の「心」があらわれた最たるものです。

こういう意味でサルトルが完成させた実存主義から生まれた一円現象は、心と物の世界を結び付けた「統一場理論」と言っていいではないでしょうか。


さて前置きが長くなりましたが

「円周上で反対周り」とはどういうことを意味しているのでしょうか。

① それは一つの(小)宇宙を現していると思います。

② 言語という現象において日本語と英語は、互いに一番遠い場所に位置しているということです。

③ 一番遠い反対の場所とは、一番簡単な構造と一番複雑な構造の一対と考えることができます。

我々は音節について議論していることを忘れないでください。

一番簡単な構造の音節とは「拍」が一種類しかない「V」か「CV」の二つを含む一種類の音節のことです。

これは国家言語として話されているのは日本語しかありません。

一方一番複雑な構造の音節というのは、この地球上の言語では「V」「CV」「VC」「CVC」の四つから成り立つ閉音節言語の音節しかありません。

言語には開音節言語と閉音節言語の二つしかありません。

そして言語の無い所に最初にできる言語が、音節において簡単な構造を持っている開音節言語であることが分かります。自然は、初めて言語を獲得しようとする人類には易しい方の言語与えると思います。

これは最初にできた映画やテレビが白黒だったとと同じ考え方です。

そしてその開音節言語を母体にして閉音節言語が替わって台頭して来ることが分かります。

ですから日本語のような開音節言語が即自存在用の言語として話されていたことが分かります。

これが「一円現象」からの証明になります。

(完)

 

参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 
 
 

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実践 私の実存主義講座 第25回 日本語が感情の言語である証拠 [実存主義]

国連が共謀罪法制について質問したことに対して官房長官の栂さんが反応したことについて、「怒っているだけで内容がない」様なことを誰かが言っていた。

日本の国会議員とは議論が嚙み合わないことが多い。

それは日本語が「感情」の開音節言語(=「即自存在」そのもの)だからであり

世界の潮流である「概念」の閉音節言語(=「対自存在」そのもの)でないからである。

栂官房長官はいまだ即自存在を大方脱したとは言えない政治家であるからである。


参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 
 

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栂池高原スキー場 Tsugaike Highland Ski Slopes in Nagano

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実践 私の実存主義講座 第24回 言語の無い所に初めてできる開音節言語で国家を造ってはいけない [実存主義]

言語の無い所に初めてできる日本語のような「開音節*」言語で国家を造ってはいけない。

だから日本の国には原爆が初めて落ち、いまの不戦の誓いの憲法ができた。


* 開音節言語:言語の無い所に初めてできる未開用で先史用でかつ即自存在用の言語。幾つかの土着の開音節言語の内の一つが母音の無声化などを起こして閉音節言語へと発展的進化をしたのが中国語・英語などの閉音節言語である。例えれば開音節言語は揺籃期の言語、閉音節言語は大人の言語とみることができる。開音節のままで

漢字を採用してしまった日本語はあくまでも開音節言語の壱バリエーションに過ぎない。この様に日本の国は他の国・民族にはない複雑(=重度複合)な言語を持つ国であり、初の被爆(それも一度に二個も)など数奇な運命を辿る国家であると考えられる。だから不戦の憲法ができたものと思われる。


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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 
 
 




タグ:不戦の誓い
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130 私もこうありたい/ I wanna be like him. [実存主義]

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129 *國ビールのハーフ&ハーフはどうして美味しいか [実存主義]

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128 最近の兆候は一方では最終段階に入ったことを示している [実存主義]

最近の兆候は国・民族が、一方では女性が処女性を失って大人の身体となることと同じで、民族に一度の言語改革*が最終段階に入ったことを意味すると思う。

* 開音節言語(子供用)から完全な閉音節言語(成人用)への言語改革。この種の言語改革は政治・経済・文化においてとてつもないエネルギー・犠牲を伴う。

古代ギリシャでは線文字B(開音節言語の表記法)の消滅からギリシャ文字αβγ(閉音節言語の表記法)の出現まで500年間、歴史を辿れない混乱の暗黒時代が

生じてしまった。


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127 久しぶりにあべべ節を聴いた/ 前回は東京オリンピックのマラソンの時だった!/ わかるかなぁ~!、わかんねぇだろなぁ~(松鶴や千とせ風) [実存主義]

国会で

「私の考え方はY新聞をよく読んでいただけば分かります」

、はないよなぁ。

いかにも、無法者のあべべらしさが出ていると思う。





230px-Abebe_Bikila_1968c[1].jpg

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アベベ・ビキラ(ローマ・東京大会と二回優勝)


 
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実践 私の実存主義講座 第23回 言語も重力の影響を受ける [実存主義]

言語も重力の影響を受ける。

日本人が花見やジンパ*と称し、ブルーシートを敷くとは云え地べたに座ることを厭わないのは、日本語が僅かの例外を除いて音節には必ず母音が伴い、重力の影響を受ける母

音の非常に多い、国家を形成している言語としては唯一の「開音節言語」であるからである。


*ジンギスカンパーティ


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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 
 
 


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実践 私の実存主義講座 第22回 円周と平行線の違いを考えている [実存主義]

「円周と一直線」あるいは「円周の反対周りと平行線」の違いを考える必要がありそうだ。

円周を互いに反対周りに進むことと一直線上を反対方向に進むこととの違いを考える必要がそうである。

特に「円周上を互いに反対方向にきちんと一周する」ということはどういうことなのか考える必要がある。

というのは、

この関係は日本語文(開音節言語)と英語文(閉音節言語)が構成されて行く関係であるからである。

まず最初に言えることは、日本語文と英語文はどちらかが「即自存在」であり、どちらかが「対自存在」であることである。

なぜなら、「即自存在」とは、『あるところにあるもので、ないところにないもの』であり、

     「対自存在」とは、『あるところにないもので、ないところにあるもの』であるからである。

 円周上の日本語文と英語文はこの条件を満たしており、しかもサルトルは『対自存在自体』は『無』であると言っており、言語は「概念」であり形も重さもないものであることが分かる。

このことだけでなく「円周上を互いに反対方向にちょうど一回り」は色々なことを示唆しているのではないかと思うのである。

今ここで全てを思考することはできない。

ぼんぼちぼちぼちと・・・

参考資料: 56 サルトル哲学の「即自存在」と「対自存在」をそっくりそのまま日本文と英語文に見ることができます



タグ:反対周り
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