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実践 私の実存主義講座 第25回 日本語が感情の言語である証拠 [実存主義]

国連が共謀罪法制について質問したことに対して官房長官の栂さんが反応したことについて、「怒っているだけで内容がない」様なことを誰かが言っていた。

日本の国会議員とは議論が嚙み合わないことが多い。

それは日本語が「感情」の開音節言語(=「即自存在」そのもの)だからであり

世界の潮流である「概念」の閉音節言語(=「対自存在」そのもの)でないからである。

栂官房長官はいまだ即自存在を大方脱したとは言えない政治家であるからである。


参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         
 
 
 

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栂池高原スキー場 Tsugaike Highland Ski Slopes in Nagano

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