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実践 私の実存主義講座 第18回 「人間の存在」は現象である。 [実存主義]

「人間の存在」は現象ではないのか。

人間を個体と考えるのではなく、時間と共に事象する『現象』ではないだろうか。

依って、人間は「死」に迎えことによって「無」となる。

サルトルは「対自存在自体」は無であると言っているから、重さも形もないのであろう。

私自身は「対自存在自体」とは「意味」・「概念」のことで、「言葉・言語」のことであると思っている。

サルトルは対自存在自体が具体的に何であるか言及してないようだが、「言葉・言語」とズバリと言ったのは私が最初であろうか。

この対自存在を持っている存在が「AはAであったとしかいえない」世界に住む人間なのである。

言語を持っているのは人類だけだが、文字を持たなかった人類は「AはAである」が通用する「即自存在」であったと思う。

而して人間には2000〜3000年遅れの発達障害気味の即自存在寄りの人から対自存在の人まで様々な段階の人がいる 。

特に日*の国には先史時代用の開音節言語をいまだに喋べっている国家なので、「AはAであったとしか言えない」が通用する対自存在在よりも「AはAである」が通用する即自存在寄りの人が非常に多い筈である。



参考資料
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日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義     
 




       
      

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