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実践 私の実存主義講座 第38 英語の習得は日本人にとって第二の「一生の仕事」」である/ [ことばと社会]

開音節言語の生活言語を話す日本人が、一円周上を反対回り構成されて行く閉音節言語の英語を習得することは、並大抵なことではない。

なぜか?

それは、考えられる得る言語の中で一番真逆な言語であるからである。*1

大方の日本人は匙を投げ、諦めの精神に陥ってその理屈が解らないから、擬似餌を喰わされても夢は捨てられないのが現実である。

人類の進化・発展の歴史の中で開音節言語が閉音節言語に変わる時期は、人類の生活様式が未開が未開で無くなる時期、先史時代が有史時代に変わる時期、人間が「即自存在」から「対自存在」に変わる時期であるのが一番自然なのである。

アフリカ・インド洋諸島・太平洋のマクロネシア諸島の民族は、みんなバランスの取れた自然な発展をしている。

日本は縄文式時代最後期辺りで、高度な概念を表す漢字を当て字として利用することを覚え*たことから始まって、漢字の概念を視覚面で理解し利用するようになり、開音節言語を音韻の豊かな閉音節言語へ発展させる努力を一切しなくなってしまった。

このことは、マスター*ーションを覚えてしまった動物園の猿が、ずっと猿のままであるのと同じようなものである。

小さい動物園にあった。

日本も小さい。

アフリカ大陸の脇にあり、動物王国のマダガスカルより小さい。

太平洋戦争までおっ始めたのも、日本の狂い咲きの言語病理としか思えない。

日本の国は、言語の行き詰まりの諦めの上に成り立っていると言っても過言ではない。

このことは発音記号の役割を果たしている仮名が二通りあることで分かるだろう。


*1: 開音節言語(未開用・先史用・即自存在用)*2が閉音節言語に成長し得る方途はただ一つ、子音と母音を分解して子音を表せる文字体系を造ること。

*2 いまだに開音節言語の日本がこれほど豊かになったのは、現代の日本が未開性を抜けていのも、「概念」の豊かな漢字があったからである。


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