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実践 私の実存主義講座 第74回 言語の音韻面と視覚面について/ 今は日本は憲法を変えてはいけない筈である [ことばと社会]

言語は、音韻面と視覚面から成り立っている。


音韻面は、「現在」と言う時制で行われる双方通行のコミニュケーションで、聞き手に話す機会を必ず与えることを想定している点で、平等主義の中核中の中核をなすものです。


言語の視覚面は「過去から現在へ」の一方通行のコミニュケーションであり*、受け手/読み手の反応が発信者に伝わらないと言う点で、独善中の独善の意思疎通である。


日本語と英語に限って言えば、


日本語は、音韻面より視覚面の方が重要で、綴りどおり読まなければならない点で、視覚面が主役の言語です。


英語は日本語と反対で、視覚面より音韻面の方が重要で、(単語の)綴りに囚われず、時代々々に依って読み易いように読む傾向があり、音韻が主役の言語です。


英語は「現在」と言う時制を大事にし、「現在」と言う時制を最大限に利用しようとする言語なので、キーボードの入力も1キー毎に確定して行くのは、この為です。


日本語は視覚面が主役の言語で、お上からの御触れ・御達し・内部文書・マル秘•極秘文書など数え挙げたらキリがないが、過去から現在への一方通行の意思疎通の面が強く、また量も多いので、どちらかと言うと「過去」の方


に幾らか軸足(重心)が入り込んだ言語なので、キーの押打と同時に「確定」せず、納豆の如く粒ごとの一々がネバネバと、偏執狂(サイコパス)の様に、「決定」までネチネチと悉く糸を引くように、「過去」を引き摺っている、


言語なのです。


だから日本の総理がいくら100%未来志向の思考と表明したって、日本語自体が過去寄りのフックが掛かっているようなもので、悉く半分の50%の未来志向と捉えた方がいいだろう。


 どうしてこうなってしまったかと言うと、日本語がアイウエオ・・・の開音節言語の時(日本語は今までもそう)、すでにとっくに閉音節言語に進化していた中国語の視覚面である漢字を採用してしまったことが根因である。


 こう言う言語は、地球上に日本語以外存在する訳・筈がない。


 こんな入力キーボードの言語が世界にありますか。


 無い筈です。


 日本だけが、変わっているのです。


 日本の国はいわゆる今の平和憲法を、手付かずのまま完全に保全し、日本の国が自国の「国語」を、言語のない所に初めて出来、未開用で、文字もなく音韻のみだった開音節言語*のままの今の日本語を、開音節言語の中から


進化論的に発達して来た(来る)閉音節言語**に変えると言う民族に一度の言語改革を断行し、さらに日本の国の国語が再び、開音節言語に先祖返りしないことを確認してから憲法改正をするのが一番正統なやり方の筈である。


 それまで勤勉な日本の国は米国とのみタイアップして、米国の庇護の下にあるべきです。


 なぜか?


 日本の国だけが、変わっているからです。


日本語が「即自存在*3」であり、英語が「対自存在*4」であるからです。


 根拠は何か?


 それは、日本語と英語が「観念」の世界で、完全な一つの「円**」を構成している関係にあるからです。


 日本文と英文は同じ文章を書いた場合、主語節を共通の出発点として、円周上をそれぞれが、反対方向に構成されて行き、最後はそれぞれが丁度一周する様な形で終止するのです。


日本語文と英語文が円周上を反対方向に構成されて行くと言うことは、「同じテーマ」と言っている主語節以外は、どの単語も同じ所にあり得ないことになり、日本語文と英語文の関係は、「互いがあるところになくないと


ころにある」即自存在と対自存在と同じ関係なのであります。


 これは、円周上を反対方向に駆け巡る、電流のプラスとマイナスと同じではないか!


 と閃いたのです。


 日本語文と英語文はプラスの電気とマイナス電気のように、反応し合えばエネルギーが生じ、仕事をするのではないか。


 これらのことは、日本(即自存在である日本語の国)にと米国(英語の最も進んだ国)とがタッグを組めば、誰よりも最大のエネルギーを生み、最高に効率の良い仕事をすることを表しているのです。


ただし、日本語がいまだ「即自存在」に属する言語であることを忘れないでください。


日本の国は一人前の国でないことをくれぐれも忘れず、今の平和憲法を堅持することです。


 加えてこの時期と前後して、円周上を反対方向に進む日本語文と英語文が、サルトルの実存主義哲学の「即自存在」及び「対自存在」の定義に、適っていることにも気が付いてしまったのです。


日本語が即自存在であり、英語が対自存在であることも分かってしまったのです。


 


 * :  例え数秒前に書かれたものでも、それは既に「過去」のものとなっている。


 円** : 完全な円を回転させれば、完全な球体となり、実体化もする。


 *3 即自存在とは: 「それがあるところにあり、ないところにないもの」


 *4 対自存在とは: 「それがあるところになく、ないところにあるもの」


 


(この項終わり)


 


参考資料

MyBlogRelatedPage: 

画像 タイトル              
日本語はそもそも即自存在(Being-in-itself)且つ先史人用の言語で、言語の無い処に初めてでき、文字を必要としない音韻のみの開音節言語だったのであり、英語・中国語は開音節言語の中からそれぞれ一つが発展的に生まれて来た閉音節言語であって、対自存在(Being-for-itself)且つ有史(歴史)人用で、必ず文字を伴う閉音節言語である客観的証拠(「一円現象」One-Yen-Coin-Phenomenon)を発見した!// 日本はその言語と近代・現代の生活様態との間に大きな乖離が生じてしまった、世界で唯一言語的に発逹障*気味の特殊な国家/特にソフトウエア中のソフトの政治の世界において/だから日本にだけE=mc^2の実証である原爆が一度に二つも落ちた/それ故平和憲法9条(戦争放棄)と96条(改正手続)は変えてはいけない & My EXISTENTIALISMと実存主義         

 


 


 


 


 


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